READYFOR?をご覧のみなさん、こんばんは。復興応援団代表の佐野哲史です。

今回は、復興応援団のご紹介&復興応援団立ち上げの契機となった「新潟での原体験」シリーズの3回目です。

 

今日お話しするのは、みっつめの原体験・妙高でのお話です。

 

これも柏崎から生まれたご縁ですが、妙高市では地元の社協さんと共に、2008年冬から4年連続で、中山間地の集落での雪かきボランティア派遣に取り組みました。content_339f5868588cfc8fda4a1ec94ead8f737c5fcfc0-1

ここで体験したのは、たとえ過疎と高齢化が進んでいる集落でも、地域の人々というのは、実はさりげなく支え合って渋くサバイブしているという点でした。

 

当初のリクエストは、豪雪地帯の過疎化高齢化集落なので、一人暮らしや夫婦二人きりの家は雪かきができず、買物や外出もままならず孤立を深めているに違いない、だから外部の力を借りて雪かきしてもらって…的なものでした。

しかし実際集落に入ってみると、雪かきは近所の人同士でお互い助け合っていてそこにニーズはなく、外部の僕らはむしろ話し相手・コミュニケーションの潤滑油としての役割の方が感謝されました。

 

僕がこの経験で学んだのは、「実は、サポートすべき人は存在しない」という点でした。

人は、常に支えなければ倒れてしまう弱い存在ではなく、本来的に生きる力が備わっているし、またお互い助け合うことで過酷な環境を生き抜くこともできるということを体感しました。

妙高の社協さんとは、福祉とは与えるものではなく、地域の人の知恵と力を引き出しそれをさりげなく支えるものなのかもしれないとうなずきあったものです。

 

今回の震災においても、この考え方はある程度通用すると感じています。

 

復興応援団では、被災した方々を無条件にサポートするのではなく、あくまでも被災した方々が自らチャレンジし行動することを後押しするポジションを貫きたいと考えています。

 

さて、明日は、三日連続で述べてきたこれら新潟での原体験が、いま復興応援団にどのように活きているのか、簡単にまとめてみたいと思います。